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2004年10月14日 (木)

ボトルを流すということ

ココログブックススタート記念のパーティーに参加してきた。
場所は、中目黒にある、結婚披露宴の二次会が似合いそうなおしゃれでこぢんまりとしたカフェである。
参加者は、ニフティの社員と報道関係者、そして自分を含むココログ特別記者(一般のココログ愛好者)約10名、合計すると40人から50人ほどの規模。
最初にニフティ株式会社の古河建純社長(自身でもココログを書いている)のビデオメッセージが上映され、次にニフティ社員の方よりココログブックスおよびコンテストについての概要説明、そしてココログブックス第一弾『魔法のココログ』の著者フローラン・ダバディー氏のトークショーでクライマックスを迎えた後、参加者同士の歓談タイムという流れであった。

配布された資料によると、2003年12月2日にサービスが開始されたココログは、1年を経ずして46449件ものサイトが開設された(2004年10月13日現在)とのこと。
ココログはウェブログの一種であり、ココログブックスとは、本来ネット上のみで展開されているココログを書籍化する企画であるということはすでに述べた。
46449件……毎日100件の新しいサイトを訪問しても、1年で回りきれない数字である。
当然この中には、書籍化によりさらに光を放つと思われるサイトも多数存在するのだろう。
ココログブックスとは、そのようなサイトを実際に書籍化してしまうという、何とも魅力的な企画である。
俺自身もココログブックスコンテストに参加することにより、この『バランボビン』の書籍化をもくろんでいるわけだが、約5万件という数字を今日初めて聞いて(全員がコンテスト参加者ではないとはいうものの)、ひるんでしまったというのが正直なところだ。
まあ、前回も書いたが、審査されているということをあまり意識せず、自分らしい文章をこれからも書いていきたいとは思っている。
話をパーティーに戻す。
さて、ダバディー氏の登場である。
俺は彼について何も知らなかったのだが、編集者・通訳・俳優・モデルなど、さまざまな顔を持つ多才な方らしい。
公式ホームページ(=ココログ)より、彼のプロフィールを引用する。

1974年、パリ生まれ。29歳。
典型的な蠍座!(笑)
アメリカUCLAに留学後、パリ東洋学院日本語学科に入学、97年に卒業。98年、映画雑誌『プレミア』のエディターとして来日。同時にサッカー日本代表監督の通訳に抜擢され、パーソナルアシスタントに。
現在は、作家や雑誌のコラムニストを務めるほか、俳優、モデルとしても活動を広げる。
父は脚本家、作詞家ジャン・ルー・ダバディー。
母は元『AD』(インテリアーの雑誌「Architectural Digest」)のフランス版の編集長。

このようなダバディー氏のココログが、今回ココログブックス第一弾として出版されたというわけだ。
彼についての予備知識は持ち合わせていないし、ましてやサッカーについてはまったくの門外漢である。
そんな俺が、ダバディー氏のトークショーを間近で聞いて感じたのは、「日本人以上に日本人らしいなあ」ということだった。
日本語が堪能(たんのう)だということもあるのだろうが、自分が今まで抱いていた、常に合理的にものごとを考えるという欧米人のイメージからはかけ離れていたからだ。
彼の話から抜粋すると、ココログとは、海に流したボトルなのだという。
つまり、誰が拾うか(読むか)分からない存在であるが、ボトル(文章)をそこに流す(用意しておく)こと自体に大きな意義がある。
「自分の文章を他人が求めているのかどうかなんて、(他人が決めることで)自分では判断できない。」
彼はこのように言っていたが、要は、「自分のサイトが面白いか面白くないかという判断を自分だけで下して萎縮(いしゅく)してしまうのはよくない。面白くないと自覚している文章でも読者の反応は良いかもしれないのだから、サイトを作り続けることはどうかやめないでほしい。」と言いたいのだと思う。
ちなみに、俺が今まで抱いていた合理主義的な欧米人のイメージとは、「自分で面白くないと感じたサイトは他人が見ても面白くないからそんな無駄なことを続けるのは無意味だ」というクールな感覚を持った人々という見方である。
結果が出ないと分かるとすぐに事業から身を引く外資系企業のイメージが強かったのだ。
勢いで『バランボビン』を立ち上げたものの、自分がここで文章を書いていることに一体どんな意味があるのかと、時折ふと立ち止まり、悩んでしまうことがある。
しかし今回、ダバディー氏の「ボトルを流すことに意味がある」という話を聞いて、何だか気持ちが軽くなった。
そうなのだ。
「面白いことを書かなければ」という強迫観念を捨て、自分の書きたいことを自分のペースで楽しみながら書いていけばいいのだ。
そんな当たり前のことを、今日はダバディー氏に教えてもらった気がする。
ありがとう、ダバディー氏。
会場でお礼を言うことができなかったので、せめて文章に残しておきたいと思う。
いつかだれかがボトルを拾ってくれることを、おぼろげに願いながら、今日も俺は言葉を書いていく。

余談だが、今回のパーティーで、同じくココログを運営している清水りょうこさんという方と知りあった。
彼女のサイト『Drink Me!』ではさまざまな清涼飲料水が紹介されており、見ごたえがある。(清涼飲料水評論家なので、「りょうこ」を名乗っているそうだ。なるほど。)
そして、驚くべきことに、彼女は資料として3000本以上のドリンク缶やビンを所有しているらしい。
すごいの一言に尽きる。
ダバディー氏といい清水氏といい、もしもインターネットを利用していなかったら、永遠に接点がなかったのかもしれないのだ。
そのような、通常知り合うことのない人々の情報を仕入れることができただけでも、メディアとしてのインターネットの、そしてココログの可能性を実感した一日であった。
041014_dabadie.jpg
ダバディー氏と。身長178センチの俺が小さく見える。

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